メッセンジャーのみの交信
フィリップの仕事はアニメ関連。
テレビや映画の作品ごとに声がかかり、その都度契約を交わす。切れ目無く毎度話が来れば言うことなしだが、そうそう思い通りにはいかないもの。不安定な職業だと言える。また、仕事先がフランス国外に及ぶこともある。私達二人もそんな理由からモントリオールで知り合ったのだが。
2003年夏より1年間、彼はルクセンブルグで仕事をすることになった。給料が良い点、1年間間が空く事なく、仕事ができるという条件などで決めたようだ。カナダにいる私への説明として、給料がいいから、その分貯金ができるし、一緒に住むときに困らないようにするからと言ったのをよく覚えている。そう、この頃から結婚を前提とした同居の話が進んでいた。どちらかが動くしかない。フランスへ私が渡ってもビザの関係からすぐに仕事ができない。でも、フィリップがモントリオールへ戻ったとしても、彼らの業種で安定した仕事は簡単に見つからない。どっちを軸にするかという争点で、結局私が動く方向に進みつつあった時期だった。
遠距離恋愛の最後の年を辛抱しながら、それぞれ過ごしていた。彼のルクセンブルグの滞在先は共同生活。同僚の男性2人と、仕事、食住、すべて一緒。最初は楽しんでいるようなことを言っていたが、だんだん雲行きがあやしくなってきていることを聞いていた。そりゃそうでしょ。同僚、友達として付き合う分には楽しくても、生活となると話は別。ちょっとした習慣や方法の食い違い、いびきがうるさいとか、綺麗好きとそうでない人・・・などなどの不満が三人全員に募っていったよう。休日といっても、ルクセンブルクのど田舎、近所には遊べるようなところはないという。そして、この鄙びた共同生活の場には、電話がない。携帯もつながらない。もちろんコンピュータも無い。よって、私との連絡は、月〜金にお互いの仕事中にメッセンジャーで話すのみだった。これは私にとって非常に不満な状況だった。たまには電話で話しをしたい。私からはかけられないのだから、向こうから何とかして連絡をしてもらいたかった。国際テレカなり公衆電話なり、発展途上国ではないのだから、なんらかの方法で電話はかけられるはずだといつも言っていた。でも彼は動かなかった。この1年間、電話といえば奴がミニバケーションでフランスへ戻ったときのみの数回だけだった。
渡仏1ヶ月前のショック
遠距離に限ったルールではないが、それぞれの実生活が見えない環境の中で、相手に一番して欲しくないこと、隠し事とそのためのウソだろうか。または、浮気とも世間では言うが。相手が見てないからといってごまかすことは、特に海を隔ててまでの遠距離恋愛をする意味を亡くすことになると思う。そう思ってきた。
今となってみれば、神様は一緒に住む前に、私達をテストしたのかなとも思う。2004年6月、その数ヶ月前から奴が同僚の女性と友人関係を超えた付き合いをしていたことがばれた。
簡単に連絡がとれない状況の中、メッセンジャーのみで毎日会話をしているだけでわかった事実。うそをついていたというか、隠していた事なのだが、もともとそういうことに巧妙な手口でごまかす悪質な繊細さを備えたタイプではないわけで、早かれ遅かればれていたことなのだと思う。奴の発言に違和感があった。何気ない会話の中で「僕のことを殴ってくれ。」だなんて、これまでにそんな会話もシーンも一度も無い。不審な点がその他にもあった。あるヨーロッパの月曜日の朝(モントリオールの夜中)、普通ならぎりぎりまで寝て、定時直前に出勤する人が、妙に早い時間からメッセンジャーに入っていることがあった。要は彼女の家に泊まり、一緒に出勤をしたのだろう。追求をはじめたところ、同じスタジオのベルギー人がその対象の人だった。私側といえば、同居に向けて1ヵ月後に会社も辞め、アパートも荷物も全部引き払い、カナダからほぼ完全に去る用意をしている時期だった。1年3ヶ月会えない状況に耐え抜いてきた結果がこの有様。浮気行為そのものも腹立たしかったが、それ以上に電話もしない、週末は忙しいからスタジオのコンピュータには触れないと言っておきながら、結局何をしていたかといえば、「彼女はカナダにいるわけだし私には関係ないわ」とばかり彼女気分で近づいてきた人をそのまま受け入れて時間を過ごしていたこと。情けなかった。
友人のありがたみ
この忌まわしいニュースを知った同じ日、友達と映画を見る約束をしていた。人と会う約束があって本当に良かったと思う。真っ青な空のとても好天な日和だった。ショックな出来事がある日は、私の場合決って天気が目茶苦茶に良い日だったりする。昨年末、父が余命1年と宣告された日もそうだった。まさに青天の霹靂ということか。とにかく、友達に話を聞いてもらって救われた。こんなこと人生の中で小さなことだよって、私の彼の場合、思いは常に私にあるわけだから、まだ軽いほうだよっと慰められた。
当の本人からの弁解として、原因は私ではなく彼本人にあると言う。周りに何もない環境の中で同僚との生活の破綻、1年中同じメンバーで夜遅くまで飲み会。ストレス、寝不足からくるてんかん発作も何回かあったらしい。そんな不安定な状況の中で、近づいてきた彼女の優しさやあたたかさがちょうど欠如していた部分を補ってくれたのだという。ルクセンブルグの仕事が終われば、フランスで私と生活することに何ら影響を与えるものでもなく、普通にさよならしていたと言う。
ちょっと一言
結婚した今、やっとこのエピソードを落ち着いて書けるようになった。フィリップ本人からもこのページを書くことは了解を得ている。この出来事があってから現在までにすでに2年が経過している。この件に関して、私は気が済むまでとことん悪意に満ちた嫌味や怒りを彼にぶつけてきた。そして彼はそれを受け入れ耐え抜いてきた。彼女の方はいまだに未練があるらしい。人の容姿についてとやかく言うのは私らしくないが、フィリップに「浮気するなら最低限もっとスタイルのいい綺麗な人にしてよね。貴方の価値が落ちるし、私の価値も下がるから。」と意地悪なことを言った事もある。2年前の事件当時、「私のせいなの。」としおらしいことを言っていたらしいが、彼女に対して怒りはあまりなかった。でも、その後からも手紙やら写真を彼に送っていて、メッセンジャーでもいつでも会いたかったら飛んでくるからだって。フランソワーズさん、しつこいって。貴方の大切な思い出を綴った手紙や写真は、本人了解のもと全部処分させてもらってます。はい。
もう終わりにしよう
このページに書き留めることで、もうぶり返すのは辞めようと思う。こんなことに時間を割くのはもったいない。それより、これからの我々のことについて執着する時間を増やすべきだろう。まだまだ考えが甘い(笑)旦那をリードしていくぐらいの気持ちに切り替えていきたい。