パーティの翌日,
美香子ちゃんと電話で話をした。その中で『フィリップ(本名:了承済み)はどんな印象だった?』と聞かれ、誰のことを話しているのかぜんぜんわからなかった。私は、人の名前と数字を覚えるのが大の苦手で、指輪光線にショックを受けながらも彼女が、まさにその彼のことを話しているとはすぐには気づかなかった。その彼が、私のことを『Elle est très gentille』(感じがいい)と言っていたらしい。無難な一言だが、悪い気はしなかった。後になって、それが指輪の人だとわかり、再び美香子ちゃんに、『彼は結婚しているんだよね?』と確認をしてみた。ところが、『ううん、独身だよ〜』とのこと。だったらあの左手薬指の指輪はなんなんだろう。まいいや。『この先なんかの機会で会えたらな〜、彼わたしの好みかも・・・。』なんてことを、直接言えずEメールに託すと、早速その手配をしてくれた。美香子&ジョンルック夫妻宅で行うパーティに来るようお誘いを受けた。一方ジョンルックは、そのパーティにフィリップを誘い出すために、何とか理由をつけて来てもらえるように話をしてくれていたようだ。じゃあその時に会えるんだな、と想像すると喉から腹のあたりにかけて緊張が走った。
お正月が明けて2002年、引き続き平日はガイド学校通い、週末はアニメーションのアルバイトの生活を送っていた。1月の21日、友人の誕生日のお祝いを私の家でやっていた時のこと。美香子ちゃんから電話が入る。『緊急の用事』と言われる。
『フィリップが急に倒れて緊急の手術をしたって!!』
とても驚いた。この間のクリスマスパーティの時には、あんなに元気そうだったのに。大丈夫だろうか・・・。一度しか話したことがなかったが、とても胸のあたりがもやもやして仕方無かった。その時には、情報が断片的で、はっきりとしたことがわからなかったが、後から聞いた本人からの話をまとめると次の通り。
日曜日、友達3人で中華街のとあるビュッフェレストランでランチを食べていた時、急に頭が割れるように痛くなり、嘔吐も伴いかなり具合が悪くなった。運良く一緒だった友達の1人が看護婦さんで、その様子を見て、救急車をすぐに呼んだ方がいいということになったそう。救急車がレストランに到着し病院に運ばれる途中で本人は意識が無くなった。その日の夜、緊急手術を行なったそう。
病名は『脳溢血』・・・先天性のものであったらしい。
手術の翌々日、連絡を受けたフィリップのお父さんがフランスから飛んできた。そのころの私は、スタジオで週末働くだけだったので、彼の情報は美香子ちゃん達から聞くことしか出来なかった。私達のスーパーバイザーであるフランス人女性(エロディー:仮名)と彼のお父さんは、フランスでは珍しいプロテスタントであることから、古くからの知り合いのようだ。そんなことからスタジオでは、エロディーがフィリップの様態についての最新情報を握っていて、しかもお見舞いの許可も彼女から下されるまでは行ってはいけないということだった。
エロディーからの許可がようやく下りたのは、手術後10日経った頃だった。美香子夫妻と同僚の中国人女性でお見舞いに行くということなので、私もお供させてもらうことになった。
こちらで病院のお見舞いなんて行ったことが
なかった上に、彼のことは一度きりしか会った事がない。一体何を持っていっていいかわからなかった。が、太陽の絵が描かれたカードに、つたないフランス語で励ましの言葉をつづり、食べられそうなお菓子を用意した。
毛皮商人の遺産を礎に創られたカナダ最古の大学、McGillの系列病院、Royal Victoria Hospitalに彼は入院していた。病室にたどり着くと、そこは想像以上に狭く、古臭い雰囲気だった。その奥にベッドに横になっている影をみた。ジョンルックが、彼と握手を交わす。続いて、私達もそれに続く。長髪がよく似合っていたのに、手術部分の右側部分だけ大きく剃られていた。そして剃られた部分から円を描くように手術部分が露出していた。右目は真っ赤、今これを書いているだけでもその場面が鮮明に思い出される・・・。本当に痛々しかった。ベットが小さいのか、それともこの人が大きいのか、とにかく彼は痩せていた。
仕事の話をジョンルックとしているようだった。何度か目が合ったが、私はただただ横でだまってその会話を聞いていた。というより、何とも言えない気持ちがぐるぐる頭の中で錯乱していた。プロジェクトは彼が倒れたからといって中断できるものでもなく、また彼の退院を待てるわけでもなく、すでに代わりの人が彼のポジションを受け継いでいた。もうこのプロジェクトに戻ることもできず、結果的にそれができない以上ひとつの結論にすでに達していたようだ。
『フランスへ間もなく戻る』
この間の指輪光線以上に重い何かが私を押し潰した。今思えば、この時にすでに気持ちが動き出していたのかもしれない。
to be episode 4...
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