2月に入り、相変わらず、学校、週末のバイトに多忙な毎日を送っていた。特にこの時期ガイド学校では毎週、科目ごとの試験が重なっていたのでそちらにも集中をしなくてはいけない時だった。
お見舞いに行って以来、フィリップのことはとても気になっていた。でも個人的に再び病院を訪れる勇気は無いし、彼のことを何一つ知らない以上何も出来なかった。そんな折、ジョンルックは、Triplettesの制作の為にパリへしばらくの間出張すると言う。奥さんである美香子ちゃんも一緒に行くことになっていた。ある日、彼等が出発する前に、私にひとつ頼みがあると言ってきた。フィリップが大丈夫かどうか様子を見てくれないかということだった。
1月20日に倒れて手術、入院。特に脳溢血なんて生死をさまよう可能性のある病だから、1ヶ月くらいは入院するものと思っていた。ところが、わずか2週間程ですでに退院していたのだった。
ここの医療事情は非常に厳しい。医療費は基本的に無料だが、ただほど怖いものは無い。入院患者などは、病室だけでは間に合わず、通路に仕切りのみ置かれて収容されている光景をよくニュースなどで見る。退院まで手厚く看護される(はずの)日本とは、雲泥の差であることは間違いない。
フィリップはすでに退院し、自宅療養をしているということだった。夫妻より彼の電話番号を預かった。もっともらしい依頼だが、きっとこれは、私に彼との接点をもたらすための心遣いなんだろうなと感じた。
電話番号をもらったものの、具体的にいつ、どうやって会いに行ったらいいのかとても迷った。かねてから、気になる人がいるということを友達の何人かに話していた。ますみちゃん(real name:了承済)という旅行会社時代からの友人にも相談をしていた。彼女はとてもアイデア派、いつも的を得たグッドアイデアを考え付く。ちょうど2月だったということもあり、バレンタインをきっかけにしたらどうかということになった。バレンタインデーに、チョコレートかなんかを持って遊びに行く・・・。私にしてみればそれさえも、とても勇気が要ることだった。自分で言うのも何だが、見かけよりは結構奥手で、気が弱い。この提案について、数日どうしよう・・・と、もじもじしていたものだった。
2月13日、とある友達と中華街でランチの約束をしていた。ちょうど前日に試験が一段落し、気持ちに余裕が出てきた頃でもあった。ますみちゃんからの提案の日はもう明日、電話するなら今日、いや今しかないと、ランチの約束の時間を過ぎてしまったが、急に連絡してみようという気になった。公衆電話を探す。こういう時に限ってなかなか見つからない。でもどうしても今電話をしたい、行き着いた先は準備中のレストラン。その奥にやっと公衆電話を見つけた。偶然と言えばそれまでだが、後から知ったことで、フィリップはまさにこのレストランで食事をしていた時に倒れた。なんとなく偶然だけではないつながり。緊張しながら電話をした。相手は自宅にいた。まずは、私のことを覚えていないかもしれないと思っていたが、相手は覚えていた。そして、夫妻から依頼されたのだという表向きの理由を盾に翌日の14日の午後、ランチを兼ねてアパートを訪ねることになった。都合だけつけて、私は約束の友達を待たしていたので、早々に電話を切りたかった。が、向こうは逆にもっと私と話をしたい雰囲気を手応えとしてその時感じた。
彼のアパートは、地下鉄のMt.Royalという駅から歩いて10分くらいの閑静な通り沿いにあった。このあたりの住居にはステアケースと言って、2階へ外から直接入れるように、らせん階段が取り付けられていて、よく絵葉書のモデルにもなっている。現在では、建物規制の変化でこのような階段の取り付けは禁止されている。またステンドグラスを玄関先のデコレーションの一部として用いている住居が集中している通りとしても知られている。
場所がわかりにくいので、約束の時間になったら、家の外で待っていてくれると言われた。が現場に到着すると本人はちょうどお母さんから電話が入っていたらしく、外に出ることができなかった。お父さんが手術直後にフランスからやってきて面倒を見ていた。その後2番目の弟が引き継いでいたが、ちょうど帰ったという。一番下の弟がまもなくやってくるという時で、ちょうどその狭間の時に会いに行ったということになる。両親は離婚していて、お母さんは都合で来ることができなかったようだ。部屋に入ると、インセンスが焚かれていた。決して広いとはいえない、一人暮らしの男性の部屋という印象だった。これまで、彼に会った時は、座っているかベットの上の人だったので、痩せていることしか気づかなかったが、背が高い人だった。180センチあると言う。
脳の病だと後遺症などがあるというのが定説だが、彼については、メジャーな後遺症は無かった。当時彼は32歳、若くしてこのようになってしまったが、倒れる直前に、一緒にいた看護婦さんの友達の迅速な対応はまさに命の恩人と言える。
午前中に作っておいたスモークサーモンとほうれん草のキッシュを一緒に食べる。ランチの後、デザート代わりにチョコレートを出した。いかにもバレンタインですといわんばかりの包装のものは私の性分に合わない。これも悩みに悩んだ結果、金額的にも見た目もかなり地味な貝のチョコレートが4つ入った小さい箱を持っていった。それと一緒に、友達からもらったものだが、鈴のついたピンクのにおい袋兼お守りを、健康の願いを込めて受け継いでもらった。すでにフランスへじきに帰ることを知っていたので、できることといえばEメールでのやりとりぐらいだろうと思い、アドレスを書いた紙をチョコレートの裏に貼り付けた。2人だけで会話をするのはこの日が初めて。時間を忘れていろんなことを話した。一番印象的だったのは、好きな音楽について。普通ならどのジャンルのどのミュージシャンが好きだという流れになると思うが、彼は音楽そのものが好きで、好きな音楽はジャンルを問わずすべて好きという。目から鱗が落ちた瞬間だった。私もまさに同じ発想だからだ。
途中、電話が何本も入る。フランスの友達からの励ましの電話だった。噂というものはどういう訳か、たいがい捻じ曲げられて伝わる。どうやら、友達の間ではフィリップは『半身ふ随』になったという話になっていたようで、詩を唱えるかのようなあたたかいメッセージをくれた友達もいたようだ。
引き続き、本当にいろんなことを休みなく話した。最初はテーブルを挟んでお互い向い合わせで座っていたが、彼が私の横に移動してきた。あれっ?と思ったのが、彼のひざが私のひざに触れていることだった。私もそれを避けることなく、かすかなコンタクトをしながら話を続けた。午後1時ころに訪ねて、気がついたらすでに夜の7時だった。本音はもっと居たかった。こんなに長居するつもりはなかったので約束を入れていた。また、病後の彼の体調を案じて長居するのは(すでにかなり長居だが)体に障ると思い帰ることにした。約束の時間ぎりぎりまで居たがとうとう帰ることになった、次にいつ会えるかの約束もまともにできないまま・・・。
後日談で、非常にクラシックな手口を使ったなと言われた。ランチ用に持っていたナイフとフォーク一式を洗ったままキッチンに置きっ放しで、そのまま帰ってしまった。彼は、私がわざと忘れていったものと思っていたようだ。逆にこちらはこちらで、バレンタインのつもりでチョコレートを持っていったので私のアクションに気づいてくれていると思いきや、世間から逸脱していた状況にいたせいか、その日が2月14日ということは全然頭に無かったのだそう。
その後の友達との食事中、あと1週間で自分の国へ永久的に帰ってしまう人を好きになってしまったことを聞いてもらっていた。そして、同時に涙が止まらなかった。
to be episode 5
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