手術当日、手術着に着替えて、病室で時間まで待つ。私の手術予定時間は13:00からだった。
この日は水曜日。おそらく水曜の午後は手術の日と決まっているらしい。そんな中で、産婦人科というわけで、私の手術よりも優先しなくてはいけないことが発生した。赤ちゃんが産まれそうな方がちょうど私の手術時間にかかったらしく、そっちを先に手術しないといけなくなったとかで先生方は大忙し。女性の先生が慌てて飛んできて、手術時間が遅れるとのことで、本当に申し訳ないとばかり平謝り。当然の優先だし、時間が変わっても脳腫(のう腫)が破裂寸前というわけでもなかったから、全く気にならなかった。そんなわけで時間が余って、病室でじっとしていることができず、家族が待つ産婦人科ロビーへ手術着のままウロウロして待った。
いよいよ時間になる。病室のベットで寝たまま手術室へ運ばれる。産婦人科の階から手術階まで専用エレベーターで運ばれる。エレベーターに乗りながら、こうやって天井を見ていることに妙な新鮮さを感じた。手術室の入り口に入ると、沢山の手術室があり、手術まっさかりのガラス張りの部屋の中も見えたような気がする。やっと私の担当の先生とご対面。すでに手術用の格好をしていて、無言で私のベットを引く。
いよいよ、自分が手術してもらう部屋に入る前に、手術台に移される。この台は確か自動的に上下するもので、手術後ベットに移し変える時に、絶対安静の状態の時に機能を発揮するするもののようだ。全身裸のままその台に乗せられ、青いシートがかけられる。
少しうす暗い手術室に入ると、クラシックが流れていた。私の担当の先生ともうひとり男性の先生、看護婦さんは2人くらい居たと思う。
心電図やら、尿管やらとパーツをつけられ、いよいよ麻酔。私の場合部分麻酔。赤ちゃんがお腹の中にいる時のような体制で横になり、脊髄に麻酔を注射。これが結構痛いと聞いていたが、そうでもなかった。先生が上手だったのだろう。投入後まもなくして、胸から下は完全に麻痺した。もう開いた足元を動かすことはできなかった。
開腹手術が始まる。テレビで見るような大きな電気が腹元の上部分に掲げられ、青いシートの中に私は横たわっている。おそらく電気メスというものを利用しているのだろう。肌が焼かれるにおいがしてきた。その後は、ひたすら無心のまま、早く終わらないかと思いながら時間と向かい合っていた。途中先生たちが何か話している声が聞こえたり、腹の中を探られてる感触のようなものはあった。
ひとつだけ失敗したことがあった。全身麻酔でない分、意識があることから、だんだん気持ちが悪くなってきた。でも麻酔が効いていて動けないし、でも気持ち悪い。息苦しくなってきて吐き気もしてきた。これがかなりつらかった。先生に、途切れそうな声で
『あの・・・先生・・・息が苦しいんですけど・・・』
と訴えると、とても忙しそうに
『なに?!苦しい?もっと肩で息してー!』
(え〜それだけぇー・・・?、苦しいのに、酸素マスクとかつけてくれないの?)と思っていたが、要は緊張しすぎて息をするのを忘れていたらしい。でも吐き気はおさまらず、眠らせてもらえる薬をやっぱり入れてもらえばよかったと後悔した。その後は、彼のことを思っていたような気もするが、とにかくこの吐き気から開放されたいという一心だった。看護婦さんがもうすぐ終わるからと、励ましてくれた。本当にやさしくて心強かった。
2時間の手術後、再び病室用のベットへ移されるころに、いつもの看護婦さんが迎えにきてくれた。病室に戻り、点滴やら酸素チューブやらと3時間の集中ケアをするため絶対安静。飛び込んできた外の景色と青空は、久しぶりに見たような気分だった。でも意識はそれなりにあったので、家族を呼んだ。親戚の叔母も来ていた。これは、必ず親戚の誰かが立ち会って、無事を見届けるという、一族の慣わしらしい。家族は、先生からの説明を受けたようだ。私のでっかい、脳腫2個を先生に見せてもらった父は相当大きかったぞと言って青ざめていた。
私も見たかった!
手術は無事終了。でも手術中のあの不快感は2度と味わいたくない。
to be 第6話...
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