手術も無事終わり、数日後に抜針が行なわれた。ホッチキスの針のようなものがへそから下に縦に入った傷口を止めていた。まず、自分の傷口を見て驚いたことは、お腹がぺったんこになったこと。あれは、贅肉ではなかったんだ。。。と安堵と恐怖さえ感じた。
いやいやながらも、宇野千代ブランドの、どピンクの『おねまき』をまとい、院内では一応禁止されてる携帯と、点滴のガラガラとともに、正面玄関まで散歩がてら降りていく。部屋に戻ると親戚が見舞いに来ていたりする。『看護婦さんが下に行ったって言ってたから待ってたよ』なんて言われて、何で知ってんだろ!?と思う。
2002年の日本の夏も非常に暑く、冷房が効いた院内生活は快適だった。見舞いに来てくれた親戚はみんな『ここは涼しくていいね〜♪』なんてのん気なことを病人に向かって言う。それくらいこの病人(私)もぴんぴんしていたようだ。
さて、前述のおねまきについて、すっかり打ち解けた看護婦さんから、
『わかめさん、今どきおねまきってかなり珍しいですよ!ぷふふ』
といわれた。私の行動が逐一彼女達に目についていた理由が判明した。やっぱりこのおねまきのせいだ。10年前で病院事情がぴたりと止まっている母親に従った私が馬鹿だった!当然その直後から、パジャマに着替える。
繰り返しになるが、家に戻っても自分の部屋が無い私にとって、病院生活は非常に快適だった。ご飯は3回バランスのとれたものが出る。献立とカロリーが表示されていて、まともに食べると一日2000カロリーは超えるボリュームだったので、ご飯はいつも残していた。(でないとこりゃ太ると悟った) テレビも好きなチャンネルがいつでも見れるし・・・。先生と最後の診察を行い退院の許可も出たのだが、なんとなく心残りな気分。2泊3日の延泊を申し出た。この暑い中、病院をホテル代わりに使用していたのは私だけだろうか。
産婦人科病棟の2人部屋、私のお隣さんは3人ほど入れ替わった。特に印象的だったのが二人目の女性。20代後半で結婚されてる方だったが、1.5日で退院していった。何故にこんなに短い入院か・・・。体外受精を試みているとのこと。もうかれこれ治療を始めて2年3年になるという。保険が利かないとかで、費用もかなりかかるそう。ご主人も顔を出し、1日目はなごやかな雰囲気だった。
2日目の朝、担当の先生が彼女のもとへやってきてなにやら小声で説明をしはじめた様子。私は、プライベートのことだろうからと、あえてイヤホンを耳にし、朝のワイドショーを見ていた。先生が病室を後にしてしばらくすると、カーテン越しに彼女がすすり泣きをしている様子がイヤホンをしていない耳に入ってきた。あ・・・きっと今回も駄目だったんだというのが伝わってきた。いつもの私なら、そういう人は放っておけず、どうしたんだとばかりシャシャリ出るのだが、今回ばかりはとてもセンシティブな事情だし、聞こえないフリをするのが精一杯だった。
次の機会まで見送るしかない事情ゆえ、彼女は、最後には明るくとりつくろいながら私に声を掛けてくれた。この短い時間で簡単に慰めの言葉を見つけることができず、笑顔で見送ることしかできなかった。この後も同じ事情の別の女性が入院した。
産科と婦人科って大きな病院ならたいがいどこでもセットになっているだろう。また切り離せない要素がリンクしているから当然なのだけど、治療している彼女達にとって、廊下ですれ違う妊婦さんや待合室の雰囲気はつらいんじゃないかなと思った。でもその妊婦さんだって、流産した末に得た待望の赤ちゃんかもしれないし・・・。
そして私もカナダに戻り、術後の経過観察のつもりで行った病院で知らされた新たな事実により、似たような思いをすることになった。